最下層奴隷Yは遠くに帰宅せねばならない。
でも折角なので乾杯くらいしたかったし、
バーに行こうと誘った。
すぐにバーが見つからず、少し歩いた。
やっと見つかったバーで
��はビールを、私はスパークリングワインで
「お疲れ様でした」とYに乾杯した。
今日のセッションお疲れ様と
今までお仕事お疲れ様、のふたつの意味をこめて。
「僕、誰かに
お疲れ様って言って欲しかったんです。
よく頑張ったねって。」
��には普通に家族があるのに、
定年退職についてあまり労いがなかったらしい。
今までの思いを一気に吐き出すように話した。
言葉数は少ないし声も穏やかなんだけど、
吐き出す、まさに心の嘔吐みたい。
��が家族の話を細かくするのは初めて。
私とYはあまりSM以外の話をしたことがない。
��は私がクラブに在籍していない間、
うちの家によく来ていた。
(シオラやるまで意外とクラブ経験が短いのです。)
語り合うに充分な環境があったにもかかわらず、
あまり話していない。
漠然と想像していたこと、というか
勘でわかっていたことはあったし、
必要ないので聞かなかった。話す必要がなかった。
家族構成や生い立ちはM性に影響を与える。
知った方が便利?優位なこともあるけど、
何となく聞かないまま今に至った。
いや、待てよ?
��と話す為にバーに入って、向かい合って、
乾杯すること自体が初めてじゃないかしら?
この日のYは珍しくSM以外の自分のことを話した。
聞いて「やっぱりね」と思うことがほとんど。
すごい抑圧の中で生きてきたんだろうな、
とは思っていたし。
��が本当に心から解放されるのは
この世界で遊んでいる時だけだったそうだ。
物心ついた時から自分を押し殺してきた。
いつも抑圧と緊張の中でびくびくしていたそうだ。
お勉強もできて夢ある希望の仕事についた。
しかし、仕事にも壁が憚った。
社会のシステムが希望を失望感に変えた。
��は誰かに「よくやったね」って
言ってほしかっただけだ。
そして、誰かに「よくやったね」って
言ってあげたかっただけだ。
自分が喜ぶことを他の人にもしてあげたい、
極めて健全な精神の持ち主。
でも社会のシステムはそんな単純なことさえ、
��から取り上げた。
��が最下層奴隷の位置づけを好むのが
今まで以上に深く理解できた。
最下層って自分より下がいないから、
よりたくさんの人に喜んでもらうこともできる。
マゾでいれば「よく頑張ったね」の言葉が貰える。
そこに至るまでの過程として
わざわざ最下層に落ちようって言うんだから、
��Mって本当に無駄だ。
厄介な遠回り、無駄もいいとこ。
そんなことしてまで実感が欲しいのか?
・・・それがSM。
でも実は、みんなが求めているものは
単純でわかりやすい。
結果を求められる社会の中で
過程に重きがあるものは案外少ないのかも。
��Mの世界でいつも思うこと。
正しく叱られ、正しく褒められている人が
何て少ないことか!
これから母となる、これから父となる人には
正しく叱り、正しく褒めてあげて欲しいと思う。
最下層奴隷Yは、
これから徹底的に落とす。
人間として話しかけるのは最後だよ。
「定年までお疲れ様でした!
よく頑張ったねっ!」