2009年11月29日日曜日

いいじゃないですか、エゴ対エゴ。



【ルイ子さんの11月27日のブログ】の「革命?」を読んで
笑ってしまったわ。
新古典主義に、フランス革命ですって?(笑)

ここ何ヶ月もネオクラシシズムBDSMについて考えていて、
そして、フランスに旅立つ私。
ルイ子ちゃん、タイミング良すぎでしょ。(笑)


お伝えしたとおり、スランプです。簡潔にまとまらない。
もう、この際「垂れ流し」でいいと思って書きます。(笑)
��簡潔にまとまった時は脱スランプの時ですよー。 )

原点に戻るだけなのよ。
それぞれのBDSMの定義があって、どれも正しくって、
それぞれのやりたいことをまっとうするだけで。

でも、今現代ではそれさえ革命になってしまう。
いわゆる当たり前のことが難しいという状態。

やりたいことの中で軋轢や矛盾があったり、葛藤があったり、
力不足を嘆いたり、でも楽しかったり・・・が面白い。
熱くなってSとMが討論するくらいじゃないと。
私も奴隷相手に何度熱くなったか・・・(嗚呼、なつかしい)
賛否両論呼んでもいいからどんどん主張すべき。
本気じゃなきゃそんなものも生まれないから。

そして、ドミナはデパ地下の食料品売り場である必要はないわけ。
おにぎりもあります、中華もあります、スイーツもあります・・・じゃない。
でも、今は日本食レストランに中華を食べに来る人もいるし、
創作料理が進みすぎて境目がないから、選択する側も困ってしまうわね。
だから、ターゲットをはっきりしていいと思うの。

「私は○○系マゾに本気でかかります。」
「私はオールラウンドに、どんなM男性にでも合わせてゆきたい。」
「エゴマゾ強制ギプスとしてのドミナでありたい。」
「私はサービスのSに徹して、とにかくあなたの願望叶えます。」
「ソフトプレイの専門ドミナになりたい。」
・・・などなど、何でもいいわけ。
自分がどんな層を得意としているか、どんな層と向かい合いたいかなど。
M男性も明確に選択することができる。

・・・この辺はネットが発達して(BDSMにおいて)よかった唯一のことよね。

その代わり、ドミナも決めたら口だけでなく徹底的にやらなきゃ。
でないとただのわがままになってしまう。
適当に何となく、そんな時代はとっくに終わっているから。

それで、La Sioraのドミナたちがちょっと面白いことになりつつあります。
前を知っているドミナも最近しか知らないドミナも、いろいろ考えるわけ。
当然、すんなりゆかないでしょうから(笑)ここからが面白い。


引き続き、明日も垂れ流します。
しょせんスランプの人の言うことなので(笑)
みんなで考えて教えて下さい。